せりかさんが聞くALSインタビュー 第2弾
名古屋大学 勝野先生「活発に進んでいるALSの薬の開発」

名古屋大学 大学院医学系研究科長・神経内科学教授
勝野雅央(かつの・まさひさ)先生

語り手:勝野雅央先生
ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめとする運動ニューロン疾患の病態解明や新規治療法開発に取り組む第一人者。

聞き手:伊東せりか
子どもの頃に父がALSを発症し、その後亡くなる。父と同じ医療の道へと進み、無重力下の新薬の実験ができるISS搭乗を目指し宇宙飛行士の道に進む。

連載開始から約19年のときを経て、ついに2026年6月に完結し、7月に最終巻が発売された人気漫画『宇宙兄弟』。登場人物の一人・伊東せりかさんが、ALSを専門とする先生や患者さんにインタビューをしました。

昔は、患者さんが治療を受けられる時代ではなかった

伊東せりかと申します。私は、父や、尊敬する天文学者のシャロン博士がALSにり患し、シャロン先生をはじめ患者さんを助けたいという想いでALS治療薬の研究の道に進みました。勝野先生、今日はよろしくお願いします!

こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。せりかさんにお会いできるということで楽しみにしていました。『宇宙兄弟』には信念を持って苦難を乗り越えていく科学者の姿が描かれていて、科学者・医師としてとても勇気づけられました。

勝野先生はどのような経緯でALSを専門にされたのですか?

私が医学部の学生だった頃、脳神経内科は病気を細かく診断してMRIなどで答え合わせをしていくところがあり、学問的な要素が強い診療科だと思っていました。でも、先輩方は優れた診断能力はもちろんのこと、とても明るく患者さんやスタッフとコミュニケーションを取り、和気あいあいと働いていらっしゃって、イメージが変わったんです。それで脳神経内科を選びました。

大学院で、はじめは先生のすすめでSBMA(球脊髄性筋萎縮症)を研究しました。全身の筋肉を動かす運動神経がゆっくりと壊れて減少することで、筋肉の萎縮が引き起こされる進行性の難病です。その後、研究室で隣の席に座っていた同僚がALSの研究をしていて、手伝うようになり、私も研究を深めていきました。

ALSの患者さんたちを長く診てきて、感じることはありますか。

特に昔は今と違って、患者さんがさまざまな治療を受けられるような時代ではありませんでした。せりかさんはご存知だと思いますが、ALSにはいろいろなタイプの方がいらっしゃいますよね。進行が早い場合、2〜3年前には元気で「最近ゴルフの球が飛ばなくなったんだよね」などとおっしゃっていたような方が重症化し呼吸器をつけ、後に亡くなられたことがあり、非常に無力感をおぼえたこともありました。

進行がゆっくりな場合であっても、当然のことながらご本人はつらいわけです。ものごとを考えることはできるけれども体が動かせない時間が長く続くことになります。診療で患者さんやご家族のもどかしさを垣間見ることがあって、つらさを感じたこともあります。

ALSの進行抑制が目的の主要な薬は4つある

現在、ALSにはどのような治療薬があるでしょうか?

1990年代に集中して神経難病の遺伝子が解明され、2015年から次々と薬が承認されています。現在、ALSの進行抑制が目的の主要な薬は4つあります。

①神経細胞を傷つける原因となる脳内の興奮性伝達物質の働きを抑える薬。1999年に日本で承認されました。
②体内の細胞を傷つける活性酸素を消去し、神経細胞の変性を遅らせる薬。脳梗塞の治療薬でしたが、2015年にALSへの効果が承認されました。
③神経保護作用のあるビタミンB12を大量に注射します。2024年に承認されました。
④ALSの原因の一つである、SOD1というタンパク質の合成を元からブロックすることで、機能障害の進行を抑制する薬。SOD1の遺伝子変異を持つ患者さんだけが対象です。2024年に承認されました。

①〜③は作用機序が異なるので、基本的に組み合わせて使われていますが、患者さんの状態や負担を考えて医師が判断しています。④は、ALSとして初めて、病気の原因となっている遺伝子やそこからつくられるタンパク質を狙い撃ち、その働きをコントロールする新しい治療法で、核酸医薬といいます。

この10年ほどでALSの治療が大きく変わったのは、先生にとって画期的なことだったんでしょうか。

先ほどお話ししたように患者さんにほとんど治療が届かない状況を見てきたので、本当に夢のような時代が来たなと思いますね。こういう時代の到来は想像できませんでした。

私はALSの原因の一つとされるTDP-43というタンパク質の研究をしていますが、勝野先生もTDP-43を研究されていますよね。

はい。TDP-43は長いひものような形をしていて、簡単に言うとひもの先が不安定なので合成するのがむずかしいんですよね。

ALSにおいてTDP-43は二つの悪さをします。一つは、お互いにくっついて固まり、簡単に言うとゴミのように細胞の中に溜まってしまい、細胞が衰える。もう一つは、本来は細胞の中のRNA(遺伝情報をもとにタンパク質を合成する物質)を調整する役割を持っているのに、TDP-43が核から脱出して留守になり、その役割が果たせなくなって機能を喪失する。

この二つの悪さを両方とも止めないと、TDP-43によるALSを治せないんです。今、それを一つの薬で解決する技術の研究が進んでいます。可能性は十分にあると思っています。

多様性を持った研究がどんどん進んでいる

ALSは進行する病気なので、患者さんには「時間がない」という想いが強いと思います。さらなる新薬の開発はどこまで進んでいるのでしょうか?

ALSの薬の開発は、非常に活発に進んでいます。④と同じように、簡単に言うと人工的につくられた短い遺伝子を使って、患者さんの異常な遺伝子に作用させて治す技術を使って、SOD1以外の遺伝子を治す薬の開発も進んでいます。

ほかでは、広い意味での再生治療のような形で、細胞を使ってALSを治すという研究も治験まで進んでいます。さらに、これまでは神経細胞を守る観点で薬の開発がされてきましたが、最近では神経細胞以外の細胞、具体的には脳の中のグリア細胞が悪さをしないようにする研究の治験も進んでいるところです。

そのように多様性を持った研究がどんどん進んでいるので、希望がもてる時代になったと思います。

研究を速く確実に進めるために、何が必要なのでしょうか。

いまだにALSはむずかしい病気ですから「みんなが頑張る」ことなのではないかと思います。ALSのメカニズムを解き明かす人、それに対して治療法を開発する人、そしてそれをしっかり患者さんに届ける人。いろいろな役割を持つ人たちが力を合わせ、それぞれの領域で頑張ることです。

研究や開発には費用もかかるので、いろいろな方が投資をしてくださったり、国の財政から研究をサポートしていただいたりしています。海外では非常にドネーション文化が進んでいますけれども、日本で「せりか基金」という形で研究者へのサポートが広まっていくことも非常に重要だと思います。

ありがとうございます。一日も早く、さらなる治療薬ができることを願っています。

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