狩野修先生
東邦大学医学部 内科学講座 神経内科学分野 教授
狩野先生は、将来のALS臨床試験や治療薬の開発を促進するため、2017年に東邦大学においてALSの専門外来「ALSクリニック」を開設されました。さらに、2020年にはアジアで初めて、北米のALSコンソーシアムであるNEALS(Northeast ALS Consortium)に加盟し、施設認定を受けました。また、2017年より毎年、患者会「ALS Café」を開催し、患者さん・ご家族との対話を重ねてこられました。そして2025年からは、患者・市民を研究支援者(リサーチ・アドボケート)として育成する新たなプログラムも始動予定です。
ALSクリニックとは何ですか?
まず、ALSクリニックとは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者さんが多職種の専門家による包括的な診療を受けられる、ALSの専門外来を指します。日本ではまだあまり馴染みがないかもしれませんが、アメリカでは1970年代後半から導入された診療システムです。ALSが今以上に“不治の病”とされていた当時、このシステムは全米各地に広まり、1990年代にはヨーロッパ全土へも波及しました。ALSクリニックの看板を掲げるためには、全米ALS協会などの認可を受ける必要がありますが、現在ではアメリカ国内だけでも100以上の認定施設が存在しています。
私は15年ほど前、アメリカ・テキサス州ヒューストンのメソジスト病院にあるALSクリニックで勤務していました。患者さんは全米各地、カナダ、中南米などから飛行機で受診に訪れ、1回の診療には3〜4時間を要しました。診療内容は、脳神経内科医の診察に始まり、呼吸器内科医、リハビリテーション科医・療法士、専門看護師、栄養士、ソーシャルワーカー、臨床試験コーディネーターとの面談、血液や肺機能検査、さらには牧師による精神的ケアまで含まれていました。このように、多岐にわたる支援を一度の来院で受けられることは、移動が困難なALS患者さんにとって大きな助けとなっていました。また、医療者側にとっても多くの患者さんが集まることで、臨床試験や臨床研究の実施において大きな利点がありました。
東邦大学のALSクリニックとは?
アメリカから帰国後の2017年、私は東邦大学脳神経内科にてALSクリニックを立ち上げました。多職種連携といっても、当初は私、外来看護師、そしてリハビリテーション科の海老原教授(現・東北大学教授)の3名からのスタートでした。その後、少しずつ周囲の理解と協力を得ながら体制を整え、現在ではおよそ10職種のスタッフが、毎週木曜午後のALSクリニックに集結しています(図参照)。欧米と同等とは言えないかもしれませんが、一度の診療でALS患者さんおよび介護者の抱える問題を半日で解決する体制を構築しています。さらに、リハビリテーション科と連携し、サイボーグ治療のHALⓇ、上肢アームサポートのmomoⓇ、意思伝達装置、視線入力装置などを常備し、療法士の説明に加え、実際に機器を体験してもらう機会も設けています。
ALSは決して頻度の高い疾患ではないため、ALS患者さんのみに特化してスタッフや時間を確保することは容易ではありません。しかし、ALSクリニックを開設して以降、患者数は増加した一方で、肺炎や骨折などによる予定外の緊急入院数は減少しました1)。ALSクリニックによって患者さんのQOLが維持され、医療費の抑制にもつながると考えており、日本国内でも広がっていくことを願っています。
臨床試験と研究における世界最大のALSコンソーシアム、NEALSへの参加
東邦大学のALSクリニックは2020年12月、アジアで初めて、北米のALS研究コンソーシアム(Northeast ALS Consortium;NEALS)に加盟しました。NEALSは、臨床試験の実施だけでなく、患者・支援者養成プログラムなどにも取り組む国際的なコンソーシアムです2)。当院は、NEALSの一員としてグローバル臨床試験に積極的に参加し、日本におけるドラッグ・ロスの回避に貢献したいと考えています。また、日本のALSコンソーシアム (Japanese Consortium for ALS research; JaCALS)との架け橋となることも目指しています。
ALS Café:患者療養支援から研究支援者養成へ
2017年より、ALS Caféという患者会を開催し、患者さんの療養支援を行ってきました。2020年頃からは患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)の視点を取り入れ、患者・市民とともに対話やアンケート調査を通じた研究活動も行ってきました。そして2025年からは、NEALSの取り組みを参考に、日本神経学会主催でALSの研究支援者(リサーチ・アドボケート)養成プログラムにも挑戦する予定です。このプログラムでは、医療制度や医療費に関する理解、ALSの基礎知識、臨床研究や治療薬開発のプロセスについての知識を提供し、患者・市民が“研究支援者”として活動できることを目指しています。受講を終えると、リサーチ・アドボケートとして認定され、臨床研究や臨床試験、ガイドライン作成会議などにも自然な形で参加・協働してもらいたいと考えております。これまで、研究や臨床試験は厚労省、アカデミア、製薬企業などを中心に進められてきました。今後は、市民科学者としてのリサーチ・アドボケートにも積極的に参画してもらい、患者さん中心の医療体制の構築を目指したいと考えております。
参考文献:
1. |
Sugisawa T, Morioka H, Hirayama T, Kano O, Ebihara S. Multidisciplinary clinic contributes to the decreasing trend in the number of emergency hospitalizations for amyotrophic lateral sclerosis in Japan. J Clin Neurosci. 2023;107:133-7. |
2. |
Northeast Amyotrophic Lateral Sclerosis Consortium. Our mission. Accessed June 23, 2021. |
Biogen-267421