和泉唯信先生
遺伝子変異が原因で起こるALSについて

和泉唯信先生
徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床神経科学分野 教授

徳島大学 脳神経内科教授である和泉唯信先生は、ALS治療に関する日本の第一人者のひとりです。ここでは、疾患、遺伝カウンセリングの重要性、そして遺伝子変異を伴うALSの特徴について、先生の見解をご紹介いただきます。

ALSとは何ですか?
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、脳や脊髄にある運動神経が徐々に障害されていく病気です。その結果、筋肉が動かしにくくなり、手足の動作、話すこと、飲み込むこと、呼吸などが困難になる、進行性の病気です。

「遺伝子変異を伴うALS」とは何ですか? 他のALSとはどう違いますか?
最近の研究で、ALSの中には「遺伝子の変化(変異)」が関係しているタイプがあることがわかってきました。これを「遺伝子変異を伴うALS」と呼びます。以前は、ALSは「家族性ALS(家族歴がある)」と「孤発性ALS(家族歴がない)」に分けられていましたが、家族歴がない人でも遺伝子変異が見つかることがあるため、家族歴の有無にかかわらず、遺伝子変異が原因で起こるALSをこのように呼びます。

家族歴とは何ですか?
「家族歴(かぞくれき)」は、家族の中に同じ病気にかかった人がいるかどうかの記録や情報のことです。例えば、親や兄弟姉妹、祖父母などにALSを発症した人がいる場合、「ALSの家族歴がある」と言います。家族歴があると、遺伝的な要因が関係している可能性があると考えられますが、家族歴がなくても遺伝子変異が見つかることもあります。そのため、家族歴の有無だけで遺伝の可能性を判断することはできません。

親がALSの場合、自分もALSを発症するということですか?
親にALSの原因となる遺伝子変異があっても、必ずしも自分がALSになるわけではありません。人は両親から1つずつ遺伝子を受け継ぎます。もし両親のどちらかがALSで原因となる遺伝子変異をもつ場合、子どもに遺伝する確率は50%です。ただし、遺伝子変異を受け継いでも、必ず発症するわけではありません。この「遺伝子を持っていても発症するかどうかの確率」のことを「浸透率」と呼び、遺伝子変異があっても発症しない人もいることを意味します。

ALSを引き起こす可能性のある遺伝子についてわかっているのは、どんなことですか?
ALSを引き起こす可能性のある遺伝子は20種類以上あるとされていますが、まだ発見されていないものも多い可能性があります。遺伝学的検査では、これらの変異のいずれかがあるかどうかを調べることができます。その中でも、日本又はアジアのALS患者さんに最も多いのが、「SOD1」という遺伝子の変異です。この変異は、家族性ALSだけでなく、家族歴のない孤発性ALSの方にも見つかることがあります。
(日本のSOD1有病率のうち、家族性ALSの約36%、孤発性ALSの約2%)。

地域によって遺伝子の変異に違いはありますか?
はい、あります。たとえばSOD1遺伝子の変異は、日本やアジアの患者さんに多く見られますが、欧米では別の遺伝子変異が多いです。こうした地域差は、治療法の開発や臨床試験の設計にも影響を与えるため、研究者にとっても重要な情報です。

遺伝子変異によってALSの症状や進行は変わりますか?
ALSはひとつの疾患ですが、どの遺伝子に変異があるかによって、発症の仕方や時期、進行のスピードが異なることがあります。例えば、SOD1という遺伝子には多くの変異があり、それぞれが病気の発症に影響を及ぼす可能性があります。また、同じ変異を持っている人同士でも、症状の出方や進み方が違うこともあります。つまり、ALSは「ひとつの病気」ではありますが、遺伝子の違いによって「いろいろなタイプ」があると考えられています。

遺伝子変異を伴うALSの可能性があるとき、どうしたら良いでしょうか?
ALSに関係する遺伝子に変異があるかどうかを調べるには、「遺伝学的検査」が必要ですが、まずは「遺伝カウンセリング」を受けることをおすすめします。遺伝カウンセラーは、検査を受けるかどうかの判断や、結果の受け止め方、家族への伝え方などについて一緒に考えてサポートしてくれます。最近では、SOD1遺伝子の検査が保険で受けられるようになり、希望する人が増えています。また、SOD1変異に対する治療薬が登場したことで、早期診断や治療の可能性も広がっています。

よくある質問(FAQ)
Q. 遺伝学的検査を受けるのが怖いです。どうすれば良いですか?
A. 不安な気持ちは自然なことです。まずは遺伝カウンセリングを受けて、話を聞いてもらうだけでも大丈夫です。検査を受けるかどうかは自分で決めることができるので、自分や家族にとって納得のいく選択ができるよう、専門家と一緒に考えていきましょう。

Q. 家族にALSの人がいます。自分も検査を受けた方がいいですか?また、他の家族も全員が検査を受けるべきですか?
A. ご家族に複数人いる場合は、遺伝カウンセリングを受けてみることをお勧めします。ご家族の中でALSの患者さんがおひとりの場合、必ずしも受ける必要はありませんが、ご心配な場合は専門医やカウンセラーに相談してみてください。基本的には、本人が希望する場合に検査を受けます。家族の中で検査を受けるかどうかは、それぞれの考え方や状況によって異なります。まずは医師やカウンセラーに相談してみましょう。

Q. SOD1-ALS患者として、家族にどう伝えたらいいかわかりません。
A. 家族に話すことはとても大切ですが、難しいことでもあります。遺伝カウンセラーや医療スタッフが、伝え方やタイミングについて一緒に考えるお手伝いをしてくれます。

Q. 検査で陽性だったら、すぐに治療が必要ですか?
A. 遺伝子に変異があっても、すぐに発症するとは限らず、現時点では未発症では治療できません。治療が必要かどうかは、医師と相談しながら決めていきます。

Q. 親も自分もSOD1-ALSです。親がゆっくりと進行していた場合、私もゆっくり進行するのでしょうか?
A. 同じ遺伝子変異でもかならずしも同様の経過をたどるとは限りません。発症年齢も幅広く、同じタイプの遺伝子変異や同じ家系内でもばらつきが大きい場合があるのが特徴です。そのため、緩徐進行型の場合でも、ある時点から急激に進行する場合もあるので、治療導入は早い方がより良いと考えます。

監修医コメント
SOD1-ALSの治療薬が発売されたことで、ALSに関係する遺伝学的検査を希望する患者さんが増えてきました。薬剤の有効性を最大限に得るためには、早期治療が重要なポイントで、今後は患者さんご本人だけでなく、ご家族の中でも検査を希望する方がさらに増えると考えられます。
そのため、私たち医療者は、患者さんやご家族が希望されたときに、きちんと検査や治療を受けられる体制を整えておくことが大切です。
遺伝子変異を伴うALSについて正しく知ってもらい、できるだけ早く診断につなげること、そして必要なサポートを届けることが、私たちの大切な役割だと考えています。

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